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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)4411号 判決

事実

原告は株式会社日本勧業経済会の破産管財人であるが、右破産会社と被告アサヒ物産株式会社との間に破産申立後になされた本件土地の売買行為を否認し、仮りに被告会社が破産申立を知らなかつたとしても右行為は破産債権者を害する行為であり、且つ被告会社も右行為の当時破産債権者を害すべきことを知つていたものであるから右売買行為を否認すると主張した。

被告アサヒ物産株式会社は、本件土地の売買当時被告会社はそれが破産債権者を害するものであること、右行為の当時破産会社の支払停止、又は破産申立のあつた事実は全く知らなかつたものであると争つた。

理由

主として貸金業を目的としていた訴外株式会社日本勧業経済会が昭和二十九年七月十六日東京地方裁判所において破産宣告を受け、原告が破産管財人であること、被告アサヒ物産株式会社が昭和二十九年二月二十二日右破産会社の所有にかかる土地を破産会社から買い受けて所有権移転登記手続を了したことは当事者間に争がない。

証拠によると、破産会社は昭和二十七年五月頃からその営業種目を広範に拡張し、一般大衆から期限三月乃至一年、利息一カ月三分乃至四分で借り入れた金員を傘下の子会社に投資していたが、その借入金総額は十一億円位にも達し、且つこれら借入金の返済は投資先から得る利潤だけではできないので、新規借入金を以て旧借入金の返済に充てるような方法をとつていたところ、たまたま破産会社と同種の営業をしていた訴外保全経済会が破綻するや、たちまち新規借入金を得ることが困難となり、その結果旧借入金の返済に窮し、昭和二十八年十一月頃には既に支払停止の状態に陥り、同年十二月二十三日訴外奥山昭夫外五名から破産の申立があつたのを始めとして次々と債権者から破産申立があつたものであることを認めることができる。

右の事実によれば、破産会社と被告アサヒ物産株式会社との本件土地売買行為は破産会社に対する破産申立後であり、かつ右売買行為は安定した担保財産たる不動産を金銭のような散逸し易いものに代えるものであるから一般債権者を害する行為であつて、否認の対象となる行為と解すべきである。

そこで買受人である被告会社が右売買の当時右破産申立の事実、或いは破産会社の支払停止の事実を知つていたか否か、或いは右売買が破産債権者を害するものであることを知つていたかどうかの点について按ずるのに、証拠を綜合すると、さきに認定したとおり破産会社がその借入金の返済に窮するようになつた頃、破産会社関西支社は本件土地を売却し、その代金を破産会社の諸経費に充当すべく、その配下の鳥取支局長に本件土地の売却処分方を指示し、この指示に基いて右鳥取支局長が破産会社の代理人として被告アサヒ物産株式会社と売買契約をなし、被告会社は代金三十九万二千円を支払つて本件土地の所有権を取得したものであること、右売買代金は時価に比し特に低額ではなく、従つて右被告会社としては破産会社の不振を見込んで不当な取引をしようとした訳ではなく通常の売買として取引したものであること、右売買の交渉が始まつたのが昭和二十八年十月頃であり、その交渉期間中に保全経済会の事件は広く新聞紙上に報道されており、当時破産会社の借入元金の支払も停止されていたので債権者らの一部が破産会社の前途を危ぶんで鳥取支局に対し貸付金の請求や破産会社の財政状態の問合せなどに来たことはあるけれども、鳥取支局としては関西支社の指示により破産会社は再建整備できると信じてその旨を説明し、鳥取地方在住の債権者らも中央の経済状勢の推移の察知にはうとかつたので破産会社は何とか立ち直るものと期待し、鳥取支局に対しては取付騒ぎなどは起つていなかつたこと、鳥取市における破産会社に対する不動産差押等も本件売買終了後に行われていること、右被告会社の代表者或いは社員の中に破産会社に対する債権者はなく、又保全経済会などに対する関係者もなく、従つて保全経済会の破綻についても関心が薄かつたこと、従つて被告会社としては本件売買当時破産会社の支払停止、又は破産申立のあつた事実を知らなかつたし、又右土地売買が破産債権者を害することも知らなかつたものであることを認めることができる。

してみると、被告アサヒ物産株式会社の本件土地売買行為は破産法第七十二条第二号或いは同条第一号に該当するものとはいうことができず、破産管財人においてこれを否認することができないものというべきであるとして、原告の請求を理由なしと棄却した。

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